江戸川区医師会内科系臨床研究会 記録

第60回(平成15年11月26日)

脳梗塞における血液凝固異常

~治療法選択のための基礎知識~

演者:東京都立荏原病院 神経内科
長尾 毅彦先生

<演者サマリ>

 脳梗塞は心筋梗塞とならぶ動脈血栓症の代表的疾患ですが,心筋梗塞が比較的均質な病態を呈するのに対して,脳梗塞はその病態が非常に多彩です.血栓止血学的な観点からも,血栓症の背景にある血液凝固異常は非常に興味深いものです.本日は,脳梗塞を血栓止血学的な観点から分析し,実地医家の先生方の日常臨床のお役にたてる情報を提供したいと思います.
 一般的に,血栓症には動脈血栓と静脈血栓があります.急速な血液の流れの中で形成される血栓と,静脈うっ滞で引き起こされる血栓では,その組成が大きく異なります.急速な血流下で形成される血栓は,主として血小板凝集に引き続いて凝固系の活性化が惹起されて伸長していくものですが,静脈血栓は組織因子などにより直接凝固系が賦活化され,大量のフィブリンが形成されます.静脈血栓では血小板の関与は少ないと考えられます.
われわれが日常臨床で用いている脳梗塞の臨床病型分類では,脳梗塞は大きく心原性脳塞栓症,アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞に分けられています.アテローム血栓性脳梗塞では,頭蓋内外の動脈壁に直接壁在血栓が形成されて血流障害をもたらすのに対して,心原性脳塞栓症では血栓自体は心臓内で形成され,一部が遊離して下流の脳血管に流れ着き,そこで血管を閉塞させてしまいます.心原性脳塞栓症の最大の原因疾患である非リウマチ性心房細動(NVAF)では,血栓は左心房に形成されますが,拡大した左心房内での血流は非常に緩徐であり,一部は渦をまいてうっ滞しており,静脈の血流に近い状態になっています.したがって,形成される血栓は深部静脈血栓症に類似の静脈血栓となると考えられています.この違いは,急性期脳梗塞の血液凝固異常に違いとして現れます.
 心筋梗塞で形成される血栓のほとんどは動脈血栓であるのに対して,脳梗塞では動脈血栓も静脈血栓も存在するため,その治療法は病態に応じて決定する必要があります.動脈血栓では血小板活性化が血栓形成に大きく関与しているため,心筋梗塞と同様アスピリンを中心とした抗血小板療法が主体となりますが,心原性脳塞栓症では静脈血栓に対する治療となるため,抗血小板療法の効果は期待できず,ワルファリンを中心とした抗凝固療法が必須となります.これは,脳梗塞再発予防療法に留まらず,一次予防療法にもあてはまり,NVAF の脳梗塞予防においても,抗血小板療法の効果は非常に限られているのは,このような理由からと考えられます.
 近年有望な新しい抗血栓薬が次々と開発され,現在世界規模で治験が行われています.これまでの薬剤の欠点を大きく補える利点を有しており,近い将来血栓症治療はさらに大きく進化することが期待されています.

<講演会要旨>

●脳梗塞の血液凝固異常

 脳梗塞には大きく分けてアテローム血栓性脳梗塞(血栓症)と心原性脳塞栓症、さらにラクナ梗塞の3病型がある。このうち治療に際して、血小板・凝固・線溶系に対する配慮が必要となるのはアテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓症のふたつである。これらの病態は、発症原因となる血栓の形成部位によって血栓の組成に差異が現れる。また、血小板機能に関しては、血流速度の違いにより、かかるずり応力に差が出ることが知られている。血液凝固系は、血小板系・凝固系・線溶系の3要素が独立して存在し、これらをまとめると表1のようになる。通常、アテローム血栓性脳梗塞では動脈血栓が、また、心原性脳塞栓症では静脈血栓が形成される。また、血小板・凝固・線溶系の3要素にかかわる因子については、表2に示す分子マーカーを詳細に調べれば個々の症例における血液の凝固に関わる態様が判明するが、実際の臨床の場ではここまで検査する必要はなく、臨床病型からどの要素が亢進しているかを類推することが出来る。これらの分子マーカーのうち各要素2つを選んでダイアグラムを作成すると図1の如くとなり、アテローム血栓症と心原性塞栓症では全く異なる組成を有していることがわかる。

 

図1:正常対照(中央)を1として、アテローム血栓性(グレイ)および心原性梗塞(斜線)の各要素における分子マーカーの亢進程度を比較した。アテローム血栓性では血小板系と凝固系が亢進し、心原性塞栓では凝固系と線溶系が亢進しているのがわかる。

●脳梗塞慢性期の血液凝固面での治療選択

 したがって、アテローム血栓性脳梗塞での血小板機能亢進状態には抗血小板剤が、心原性脳塞栓症には抗凝固剤が臨床適応となる。抗血小板剤としてはアスピリンが主流だが、日本国内ではチクロピジン(パナルジン)も多く使用されている。しかし、チクロピジンに関しては肝障害などの問題から次世代のクロピドグレルが認可待ちとなっており、またシロスタスタゾール(プレタール)が適応追加となり国内では良い成績を上げている。サルポグレラート(アンプラーグ)も適応追加の治験中である。今後、こうした新薬へのシフトが始まるものと考えられる。抗凝固剤としては現在はワルファリン(ワーファリン)しか存在しないが、使用量のコントールなどに難があり、今後登場予定のキシメラガトランに期待が寄せられている。

●抗凝固療法の目標

 アテローム血栓性脳梗塞の場合は、1種類のみの抗血小板剤の使用では分子マーカーのレベルを正常化することが不可能な場合があり2種類を併用せざるを得ないことがある。さらに、重症なアテローム血栓性脳梗塞の場合には凝固形も亢進していることがしばしば認められるため、症例によっては抗凝固剤を追加する場合もある。重症なアテローム血栓性脳梗塞の場合には凝固系も亢進していることがしばしば認められている。これに対し、心原性脳塞栓の場合はワルファリンの使用によりほぼ分子マーカーのレベルを正常化することが可能である。ここで強調したいのは、脳梗塞における抗血栓療法の目標は血液凝固機能の抑制ではなく、過剰に亢進している血液凝固状態の是正にある、ということである。いいかえれば、「血液をサラサラにする」ことが目的ではなく、「ドロドロになっていた血液を正常に戻す」ことが治療達成の目標といえる。

●心房細動との関連

 CHADS2スコア(C: 慢性心不全、H: 高血圧症、A: 年齢、D: 糖尿病、S2: 脳梗塞もしくはTIA)は、心房細動を有する患者さんの抗凝固療法の必要性を判断するものだが、これでも他の因子が(+)であればポイントは1だけなのに対し脳梗塞もしくはTIAでは(+)だった場合には2点を加算することとなり、それだけ脳血管障害のリスクが高く評価されている。これで全項目合計のスコアが3点を越えると加速度的に脳梗塞再発の可能性が高くなることが示されている。また、心房細動を有する症例に対するSPAF研究では、アスピリンとワルファリンの脳梗塞発症率を比較しており、単純にはワルファリンはアスピリンの半分しか脳梗塞発症を起こしていないが、仔細に見るとアスピリン投与群では塞栓症が多多いのに対して、全体量としては少ないながら、ワルファリン投与群ではアテローム血栓症が多いことが示されていた。これは、やはりアスピリンでは塞栓症の予防は不可能で、ワルファリンでは血栓症の予防効果が弱いことを裏付けているものといえる。
 現在、心房細動の患者さんに対する治療として、ワルファリンの投与を受けているのは米国で約50%、日本ではさらに少なく20%にすぎないというデータもある。それ以外はアスピリンしか使用されていないものと考えられ、より目的に適合した治療の選択を行う必要がある。

●ワルファリンのコントロール

 ワルファリンの使用開始に当たっては、以前いわれていたような「最初に用量 を多くする」方法はかえって一時的に凝固能を亢進させる可能性があるため、少ない容量で開始して徐々に使用量を上げていくことが望ましい。実際の治療に当たっては、かつて行われていたトロンボテストではなくPT-INR(プロトロンビン時間からの換算値)で1.8〜2.2(トロンボテスト換算20〜30)に保つことが出血性合併症を起こさずに済む目安といえる。キシメラガトランではこのような使用量調節や、相互作用や食事との効果減弱作用がないためより容易な継続投与が可能になるものといわれている。

●まとめ

 抗凝固療法と抗血小板療法はどちらが強い治療だ、というわけではなく、お互いが補完し合う治療法であり、急性期治療を行った病院において症例により必要な治療方法をきちんと選択したうえで、退院後の慢性期治療での注意深い継続が重要であるといえる。


<質疑応答>

質問、以下△「ずり応力」については血液粘稠度とのかかわりが深いと思うが、脳梗塞治療において瀉血についてはいかがなものか。
演者、以下▼急性期には循環血液量の減少を伴うため適切ではないと思う。しかし、安定期に入り多血症の要素がある症例には有効だと考える。

△ワルファリンはINRにてコントロールの評価が可能であるが、抗血小板剤にはそのような評価の方法はあるか。アスピリンの不応例についてもその対策は?
▼血小板凝集能は最近非常に精度・再現性が良くなっており血小板機能の評価に役立つ。アスピリン不応例も5%程度だがこの検査で判明する。もしそうなら他の抗血小板剤を使用すればよい。使用量については分子マーカーでの評価が望ましいが、残念ながら一般医療機関でできるものではない。

△プレタールが紹介されたが狭心症を起こすという報告を聞いたが。
▼プレタールは血管拡張作用があり、心拍数増加作用と頭痛が報告されている。狭心症はこのうち脈拍増加作用で生じるものと考えられるが残念ながら経験がなく断言できない。

△アスピリンは予防に使うものであり、目に見える症状変化などがない。これらの投与効果の有効性を確認するにはどうしたらよいか。
▼半年に1回でも専門医療機関で血小板凝集能や分子マーカーを確認するのがベストの方法だと思う。ただし血小板凝集能などは一般の医療機関では実施が難しく、病診連携のよい適応である。荏原病院でも地元の医療機関と患者さんを行ったり来たりさせている。

△今回は特に凝固の面のみからの脳梗塞慢性期治療についてお話し頂きましたが、その他の一般的な注意事項などは。
▼慢性期に当たっては、最も重要なことはやはり基礎疾患のコントロールで、かつては高齢者では少々高めの血圧が良いとも言われていたが、現在はもっと積極的に降圧すべきと言われている。また、HbA1cも8を越えないこと、高脂血症のコントロールも厳しくすべきと考える。

△TIAについて「存在する、しない」という議論があるが。
▼TIAという、臨床症状が24時間以内に消失する病態についてはあくまでも存在すると考えて良いと思うが、より精密な検査が出来るようになってからはそうした状態でもその症状に見合う病変の確認が出来るようになっている、ということは事実である。あくまで臨床症状からの診断と考えて良いし、脳梗塞の初期症状としてきちんとした管理が必要である。ひとこと加えたいのは、失神発作のみでTIAといわれる場合があるが、半身マヒや呂律障害が無い場合は実は血圧や不整脈などの心疾患によるものである場合が多く、本来の疾患が見逃される場合が多いため、脳についてよりは心臓・循環器系の検査を進めるべきだと思う。


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