高血圧症に対する治療が一般的となり、かつては国民死亡原因のナンバー1だった脳出血が癌にとってかわられてからすでに四半世紀を迎えました.しかし、その後の豊かな食生活を背景にした国民生活の変化により糖尿病・高脂血症など、動脈硬化を促進する基礎疾患の増加に伴い、心筋梗塞・脳梗塞といった、閉塞性の血管障害が老後の大きな心配としてクローズアップされています.また、CT(X線コンピュータ断層撮影)・MRI(核磁気共鳴断層撮影)装置の普及に伴い、患者さんへの侵襲もなく脳動脈瘤や無症候性脳梗塞などが事前に発見されるようになってきました.さらに、「老人ぼけ」をひきおこすアルツハイマー病と多発性脳梗塞を基盤にした動脈硬化性痴呆の鑑別は非常に重要なポイントです.
ここでは、脳卒中の概念につき、わかりやすくご説明いたしたいと存じます.また、治療などについてはページを改めてじっくりレクチャーを進めるつもりです.
脳梗塞
脳梗塞は、脳の中の血管の1本もしくは数本が閉塞することによって生じます.血管が詰まるとその先の脳組織に血液が流れなくなり、酸素とエネルギーの供給がたたれるため、脳細胞の障害が生じます.障害とは、実際には脳細胞の死を意味し、数日も経つとCTなどでもわかるような(CTだと発症当日には脳梗塞巣は写りません)、黒く抜けた像として姿を現します.左に示した写真の半円形の黒い領域が脳梗塞で、この患者さんは左半身のマヒと軽度の意識障害を呈していました.現在、こうした脳梗塞は病院に連れてこられる時間が早ければ早いほど(とはいえ3時間が限度)、大きな治療効果が得られるようになってきています.つまり、病巣の外側に当たる部分の、「まだ死んではいない、しかしその時点で死に向かいつつある」脳細胞への血液の流れを再開させるいくつかの手段が実用化されつつあります.
出血性梗塞
上に示した、脳梗塞とほぼ同じ場所によく似た半円形の黒い部分があり、さらにその中に大小二つの白い影があります.これが、脳梗塞巣の中に生じた出血、いわゆる出血性梗塞です.このような経過は往々にして脳梗塞の予後を悪くします.脳梗塞を起こした閉塞した血管は、出来るだけ速やかに再開通させないかぎり、時間が経ってから再開通が生じるとこのような状態となります.
脳出血
脳の中央に白く写っているのが出血巣です.この症例では出血が脳室の中へ穿破し、左右の側脳室の後方(画面下側)へたまり、水平面が形成されています.症状は、突然の頭痛とそれに続くマヒ・場合によっては意識障害を生じます.大規模な出血や呼吸中枢などへの出血が起こると呼吸不全を生じることもあります.現在でも脳出血の主たる原因は高血圧ですが、「これまでずっと元気でお医者にかかったことのない」人にみられることもあります.脳出血は主として脳神経外科の領域となりますが、出血量が限られている場合、また手術が不能な場合は内科的に止血剤や脳浮腫を抑制する治療のみで経過観察となることがあります.
一過性脳虚血発作
脳梗塞は脳血管の長時間、あるいは永久的な閉塞がその病態です.それに対し、一過性脳虚血発作は短時間の脳血管の閉塞が引き起こす状態です.例えば、左半身が突然自由に動かせなくなり、しばらくしていると何事もなかったように元に戻る、というのが代表的な症状です.それが右半身であれば右利きの人は呂律が回らなくなる症状を伴うことがあります.原因としては心房細動などの不整脈、多血症(貧血の逆で血液中の赤血球が多い状態)など、脳の血管の中で血液が詰まりやすい準備状態を持っている人に起こりやすいとされています.この発作は何度か繰り返しているうちに回復不可能な、つまり本物の脳梗塞を起こすことがあります.医師と相談の上、再発予防のための投薬・管理を受けるのが安全です.
無症候性脳梗塞
以上までの病変は、何らかの症状をあらわしますが、何の症状もない脳梗塞が脳ドックや頭痛の精密検査の際に行われるCT/MRI検査で発見されるようになりました.確かに、1本の細い脳血管がつまったところで何の症状もでない場合もあり得るわけですが、脳梗塞であることに間違いはありません.発見された以上は今後大きなマヒを伴った「本番の」脳梗塞を起こす確率は高くなったわけで、きちんとした血圧管理や定期的な画像診断・凝固系の検査が必要です.